HOME > 種の話 > 種は世界本質、種を守ることは世界を守ること

■種は世界の本質、種を守ることは世界を守ること
■種子の世界と出会うーシード・コンシャスネスの芽生え
■ミラクル作物あるいは、フランケン・プラント?
■遺伝子組み換えに関する紛争を様々な視点から考えてみよう
■地球憲章と遺伝子組み換え、科学倫理
■自家採取ローカルネットワークというオルタナティブ
■“人々の心に平和の種を”マハトマ・ガンジー

種は世界の本質。
種を守ることは世界を守ること。

 “種”という言葉は様々な比喩として用いられる。それは“本質”とは種のようなものだということを私たちが知っているからだろう。遺伝子という設定があり、そこに情報としての光が来て、働きが生まれる。多様性が育まれ複雑な系が相互に補完し合いながら、種は時間・空間の中でゆっくりと変容し続けている。

“小さな種子の形成の中にはカオスがあり、全周囲(宇宙)にもまたカオスがある。種子の中のカオスははるかなる宇宙のカオスと相互に作用し合わなくてはならない。そのとき新しい生命が誕生するのです。”

ルドルフ・シュタイナー

 現在私たちが風味豊かな作物の恩恵に預かることができるのは、今日に至るまでの一万年という農耕の歴史の中で、何世代にも渡る先人たちが試行錯誤しながら、私たちにとって有用で美味な作物の種子を辛抱強く選別し採取しながら育種し続けてきたからだ。“自殺する種子”の著者で長年育種に携わった河野氏は「われわれの祖先が育種の一番難しいところ、一番大事なところを遠い昔にやり遂げていてくれた」と言う。近代育種やバイオテクノロジーも、先達による育種選抜努力の上に成り立っている。
 農業が家族経営の小規模農業から資本集約的な大規模農業に変移する流れの中で、種を売る専門家が現れ、世代から世代へと大切に受け継がれてきた先祖伝来の種子は、企画開発された“商品”にとって変わった。多国籍バイオ企業が描くマーケティング・ストーリーの中で、農民はアドリブなき役を演じている。
 生命の循環の糸は途切れている。
 複合的な要因の集積によって、また、生産プロセスの複雑・不透明さゆえに、人は食品の元がひと粒の種子であるという事実を忘れてしまっている。食品のみならず、多くの原材料の源を探れば種子にたどりつく。

種子の世界と出会うーシード・コンシャスネスの芽生え。


果物屋さんで購入したグレープフルーツ・ルビーの食べ残しの種を蒔いてみた。可愛い双葉に出会うのが、シードセイバーの楽しみの一つ。

 台所で日々ゴミとして無造作に捨てられる多くの種子たちや、私たちが食べ残した種子たちは夢の島でのびのびと育っていると言う。トマトのジェルやキュウリの中のタネ、あるいはイチゴの周囲についたツブが“種子という植物の発芽する素”だという単純な事実に実感を持っている人はいったいどのくらいいるだろう?試しにレモンやグレープフルーツ、カボチャの種を捨てずに、土に埋めてみよう。発芽能力があれば可愛い双葉に出会える。すぐに芽が出なくても、のんびりと待つ。すると、忘れた頃にこっそりと双葉が土を持ち上げているのを発見することがある。まさに、宝物をみつけた気分。そして、これこそが自然の時間の流れ。
 一度“種子”に気づくと、あなたはいたるところで種子に出会いはじめる。 散歩中に枯れた花や木についた種子が目に入るようになり、レストランでの食事中にさえ種子が気になるようになるだろう。あなたの中のカイロス(内的時間)と種がシンクロニシティーを起こし始める。それは“シード・コンシャスネス”が芽生えた証拠。

ミラクル作物あるいは、フランケン・プラント?

 さて、いのちを正当に見極めることが出来なくなった私たちの“麻痺した感覚”は歪んだ市場を生み出し続けてきた。


多様性あふれる美しいコーン
“春遅く、私たちは‘3姉妹’と呼んでいるコーンとマメ、スカッシュを植える。私たちはその3種類の種をひとつの穴に一緒に植える。長い長い時間、3姉妹たちは私たちと共にあり、私たちは決して飢えることはないと知っている。創造主は毎年豊かな恵みを与えて下さる。今、私たちは3姉妹を祝福する。今日、そしてこれからも、この贈り物を与えて下さった神に感謝する。”
Chief Louis Farmer (Onondaga)

 食べやすい種なし果物が生まれ人気者となった。同じようなサイズの美しい野菜が好まれ、全国に出荷する際に傷付かずきれいに箱に修まるようにと、凹凸のついたトマトは敬遠され丸いトマトが主流となった。生産現場と市場、そしてメディアに踊らされる生活者の欲求によって、それまで自家採取されてきた在来品種は急速に姿を消している。同様に、環境破壊や戦争などの様々な要因によって、世界中で種の多様性が危機的状況にあるという。シードセイバーズ・オーストラリアのミシェル・ファントン氏によると、1980年代以降世界の農業分野での生物多様性の1%が失われていると言う。
 各国で急速にシードバンクが設置され遺伝資源の保存に力を注ぎ始めた。同時に、農業系超多国籍企業は軍需産業や医薬品産業との関わりも持ちながら世界中の有用植物を掘り起こし、バイオパテントによって遺伝資源を私物化、独占し始めている。小さな農業を営む世界中の農民の手から、代々伝えられてきた種子が“合法的に”奪われ始めた。先進国の飽食を満たすために肥大化した超大規模農業にニーズを見い出したバイテク企業は、“より便利”で“農薬を減らせる”あるいは“アレルギー対策や医療用”に遺伝子を組み換えた種子を作りだし、商品化した。“飢餓との戦い”や“栄養価の高い作物”“ファイトレメディエーションによる環境浄化促進”“次世代型バイオマス・エネルギー源”という研究者の“ミラクル作物”への夢とともに、市民の預金や税金を財源に流用しながら国際的なプロジェクトが行われている。
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遺伝子組み換えに関する紛争を様々な視点から考えてみよう。

 多額の研究開発費を回収し利益をあげるには、種子を毎年購入してもらわなければならない。そのため農民は、バイオテクノロジーによってデザインされ特許を取得された種子を購入する際には、その作物から採れた種子を使用しない(自家採取しない)という契約を企業とかわすこともある。
 やがて確実に企業利益を守るために開発されたのが“ターミネーター・テクノロジー”である。これは2世代目が発芽しないように設計された通称“自殺する種子”である。2世代目を採取不可能とすることで農家が毎年種子を購入するようになるという企業利益をもたらすことと、遺伝子情報の漏洩を防ぐことである。
 遺伝子組み換え種子による在来品種への種子汚染の脅威が高まり規制が厳しくなるにつれ、企業や研究機関はバイオセーフティーへの“解決策”としてこの技術の研究開発をさらに推し進めている。
 あいかわらず“解決策”は同様の技術や企業態の閉じられた枠組みの中で行われ、技術の土台や問題の本質が自問されることはない。人間への福祉を理解する感性が欠如した企業のみならず、「環境や社会は良くなってほしいが、そのプロセスは楽なものであってほしい」し、「実際のところ自分の生活が不便になるのは望まない」と多くの人が夢見るのであれば、理想と現実の矛盾をうめる当面の手段として科学技術が導入されるのは自明である。それが有効な場合もあるだろうが、短期的には解決したように見える状態が問題の本質を見えづらくさせ、さらに複雑化、慢性化させ、その状態がさらなる“病巣”となる場合も多いだろう。
 しかしながら、科学技術による環境破壊の事例を帰納的に考慮したところで、今のところ“技術的な困難は、同種の技術へのさらなる研究及び研究開発費の増大によって解決できる”という理屈を否定することは出来ない。


種図鑑より
金ごまの種を採る
サヤの先端がさけてきたら、収穫のサイン。中にはぎっしりと種子が入っている。

今日、科学的な発見から応用され商業化するまでの時間は非常に短くなっている。もはや、情報を検索する意図なくして一般的なメディアによるソースからその過程を詳しく知ることは難しい。遺伝子組み替え技術をどうみるか、経済、農業、法律、環境的負荷、人体への安全、心理作用、倫理、宗教、そして‘いのちとは何か’という本質の問題など多岐の項目に渡る地球規模での議論がないままに事実が複雑に巧妙に進行していることに基本的な問題がある。現在、GM及びバイオパテントについては農林水産省厚生労働省の管轄である以上に経済産業省、ならびに外交に関する議題となっている。TOP

地球憲章と遺伝子組み換え、科学倫理。

 では、国際機関では遺伝子組み換えについて、どのように捉えているのだろう?
2015年までに“極度の飢餓と貧困の撲滅”を達成しようとするミレニアム開発目標をかかげる国連関係機関(FAO,WFP,IFAD)による見解は以下のようなものである。

「バイオテクノロジーは、それ自体の環境への悪影響が防止できれば、農業の生産性を向上し、環境への影響を軽減することに有効である。遺伝子組み換え作物、たとえば、干ばつ耐性、水害耐性、酸性土壌耐性、塩害耐性、高温または低温耐性作物は悪条件地域での持続的な農業を可能とし、劣化した農地の回復に資する。また、病害虫抵抗性作物は農薬使用の減少をもたらす。
 しかし、遺伝子組み換え作物が広く普及するかどうかは、食品の安全性が確保され、環境への悪影響が防止されているかどうかに依存する。遺伝子組み換え作物の普及に当たって、特に先進国では、これらの懸念への対応が最近遅くなっている。更なる進展がなされるためには、検査や安全確保のための手法が改善されなければならない。」FAO(国際連合食糧農業機関)-“2015年及び2030年世界農業見通し”より

 一方、UNCSD(国連持続可能な開発評議会)のもとモーリス・ストロング氏のEC(地球評議会)とミハイル・ゴルバチョフ氏のGCI(グリーンクロスインターナショナル)の主導により、国家を超えた世界規模での倫理、行動の規範として提案され、2002年南アフリカ共和国ヨハネスブルグで開催された地球サミットにおいて採択された地球憲章では明確に遺伝子組替えの根絶をうたっている。

“原産種や環境に被害を及ぼす外来種、あるいは遺伝子組換え品種を規制、根絶し、そうした有害種の導入を阻止しよう。ー地球憲章(2)生態系の保全5ーD”
“意志決定に際しては、人間の活動の累積的、長期的、間接的、長距離的地球規模的結果を考慮することを明確にしよう。ー地球憲章(2)生態系の保全6ーC”

 遺伝子組換えが抱える問題点を、技術の安全性と経済的発展性の確保のみに切り離して考えるならば、私たちが地球規模で平和的手段による農業を実現することも、ひいては平等で健康なやさしい社会へと舵取りすることもあり得ない。種子問題はあらゆる紛争の起源を内在している。あらゆる紛争は種子問題に相似している。あらゆる生への営みも種に相似している。種子がいのちだという“実感”を持つことが出来たら、“より大きな循環”を認識するきっかけになるかも知れない。TOP

自家採取ローカルネットワークというオルタナティブ。

 現在“不平等”の上に構築される企みから“種子を解放すること”の重要性を理解する人々が世界中で増えている。各地で種子を守るネットワークが生まれ、メディアに取り上げられるまでになった。ガーデニングの喜びとして、種子から種子までのローテーションを楽しむ人々も増え始めた。清潔な暖かい土に自然のままの種子を蒔き、ウィルスにも負けず、余計な虫も寄せつけない、健康体で品の良い味覚の野菜が豊かに実り、花を咲かせ、種子をつける。世界中でこのような農が可能になる時、私たちは新しいバランスを手に入れて平和な社会を築いているのかもしれない。

ネイティブ・アメリカンの教えにあるように、今私たちは二つの道の岐路に立っている。TOP

“人々の心に平和の種を”マハトマ・ガンジー

 あなたが平和をのぞむならば、平和への祈りと共に種子を大地に蒔いてみよう。その行為をさまざまなレベルに拡大させながら、哲学し行動してみよう。あなたの蒔いた平和の種子を通して世界を観察することに挑戦してみることで、日常の生活のなかの様々なファクターがどのようなプロセスであなたの暮らしを構成し支えるようになったのか、裏側にある見えない糸/意図を手繰ることができるだろう。


種図鑑より
茨城在来種の日本綿
黄色い可憐な花を咲かせる。果実はやがて赤くなり、枯れて乾燥すると中から綿が吹き出してくる。江戸時代には自給率100%だった綿も現在は0に等しい。和綿を栽培するネットワークが増え、様々な在来品種が栽培され始めた。ガンジーはチャルカによって糸をつむぐことを、みずからの哲学を象徴する行為とした。

あなたが蒔いた種子は、いつ、どこから来たのだろうか?立派に育って豊かに実るだろうか?多くの世話が必要だろうか?自ら種をこぼし、増えてゆくだろうか?枯れたように見える枝から新しい芽がでるかもしれない。脇芽をつまなければ、うまく育たないかも知れない。双葉を間引く時に、あなたは何を感じるだろうか?雨を恋しく思うだろうか?どれほど沢山の綿の花を育てたら一枚のTシャツが作れるのだろう?どれほどの土地がいるのだろう?
そして、ひと粒の種子がどのくらいの種子をみのらせるのだろう?

 祈りとともに平和の種を蒔くこと、それは“あなたの心に平和の種を”蒔くということ。自然のサイクルの中で時間の流れを楽しみながら、あなたの種を大切に育もう。やがて豊かな収穫の時がくることを信頼しながら、自然と繋がり直すゆっくりとした瞬間を持とう。実感は最高の体験だ。まずは、あなたの中に平和な社会の内的実体験を作りだそう。

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